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いまさらながら沢田流を思う

 台湾、董氏奇穴の使い手、楊維傑先生の倒馬針法はよく効くなあ、という事で、数年前に、董先生の別のお弟子さんの本を買い、最近、また別のお弟子さんの本を買いました。楊維傑先生以外の見方を比較したいと思いましたが、皆、よい意味でばらばらですねえ。(苦笑)似たところもあるが、違う解釈もある。まあ、引き出しを増やすという意味では買ってよかったと思います。最近買った先生は、日本の沢田流の影響を受けているとはっきり書いています。
 もっとも、楊維傑先生も、沢田流合谷と董氏奇穴について記述があります。楊先生は、その著書に、澤田健、本間祥白、赤羽幸兵衛について書いていますし、尾張徳川家の医師と思われる田中尚房の「鍼灸卒病」についても記述があります。鍼灸卒病は、鍼灸極秘抄の別伝とも言われ、愛知は碧南出身との説がある永田(長田)徳本、元祖知足斎先生の秘術を伝えたとされる鍼灸極秘抄。極秘抄まで研究していたかはわかりませんが、鍼灸説約などは記述があり、楊先生は今はアメリカで活躍中と思いますが、日本鍼灸にかなり深い造詣があります。ある意味、日本人鍼灸師より日本鍼灸を追求しているかも?楊維傑先生は日本の京都大好きなのかなあ。

 僕としては、僕が安心する流派、治療法は沢田流と深い関係があるようです。

 長野式の長野潔先生は、沢田流からはじめているようです。深谷伊三郎先生は、治療院が澤田先生の近くだった時、澤田健先生の患者の灸点を見て、澤田先生の治療術を知った旨が書かれている本もあります。鍼灸師の中には、澤田健のお弟子さんが深谷先生だ、と勘違いしている人もいるくらい。まあ、灸に情熱をかけ、極めたという意味では、灸界の両横綱、澤田健と深谷伊三郎と僕は考えております。(こんなことを書くと、沢田流、深谷灸法関係者からお叱りを受けるかもしれませんが)

 経絡治療の創始者、岡部素道先生は、その著書「鍼灸経絡治療」で澤田健の助手でもあり、最高の理解者、城一角先生と交流を持ち、城先生を八木下勝之助に紹介した事、また城先生を通じて沢田先生のお人柄を聞いた旨が書かれています。沢田流の重鎮、中川清三先生は、小野文恵先生の「解説 鍼灸重宝記」の題字を書かれていますので、澤田健のお弟子さんと、経絡治療創成期のメンバーと交流があったのかもしれません。澤田先生が凄い、と言わしめた松元四郎平先生の「鍼灸孔穴類聚」は復刻版を経絡治療史研究家でもある、上地栄先生が命がけで出した本ですから、浅からぬ関係を推し量ることが出来ます。

 沢田流のかなりの使い手と思われる中村了介先生は、長濱 善夫博士、木下晴都博士と共著を出していますし、また間中博士と堀越亀蔵の息子、堀越清三との共著もあります。中村先生の共著の相手を見ますと、イチローとメッシ、ウサイン ボルトが共著で本出した(あまり良い例えではないなあ)くらい、凄いことだと考えております。

 堀越亀蔵とその奥さんの弟、市石圭介の「灸点治療法」は僕の中では、秘伝書扱いです。

 代田文誌先生の「沢田流聞書」と「鍼灸臨床治療学」は現在、中国語版が発売されていて、中国でもそれなりに需要があるでしょう。

 沢田流が中国、台湾でそれなりに評価されているとしれば、澤田健先生も喜んでいることでしょう。

 4月に澤田健先生のご命日がありました。この時に、今考えている沢田流について、書こうと思いましたが、余裕が無かった。ほんの数分ですが沢田流聞書にある澤田健先生、還暦時の写真に手を合わせておりました。

 最近、原典回帰を考えておりまして、八木下翁と澤田健、明治から大正にかけての治療法の考察を考えております。どうなるかわかりませんが。将棋指しの名人から見る達人養成篇も書かないといけませんし。

 董氏奇穴の「倒馬針法」「動気針法」と佐藤久三の「ツボ秘法」三部作の手技を組み合わせておりますが、運動器疾患に恐ろしいほど効きます。僕が達人になったのか?勘違いするくらい。(本当に勘違いしていませんよ)

 董氏奇穴の最近買った本が届いたのが、ちょうど澤田健先生のご命日でした。因縁があるのか。


 私にどれだけ時間が残されているかわかりませんが、命の限り、澤田先生と岡部先生の足元に近づきたい、そう考えております。


 長文乱筆ご容赦 未来の達人たる子供に想い 子供の日に記す
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No title

やいと屋 先生 こんにちは。

兵庫県でお灸塾をしているキムタロウと申します。
いつも楽しく勉強させていただいています。

「灸点治療法」はこのブログで知って購入しました。
まだ精読、とまで読み込めていないのですが、今回GWにあらためて読み直してみると新しい発見がいくつかありました。
いい本を教えていただき感謝しています。

それにしても堀越亀蔵と市石圭介は親戚関係にあったのですね。
知らなかったです。。。
沢田先生のお弟子さんについて学ぶことも、沢田流の理解を深めることにつながるように思います。
今後もブログ楽しみにしています。

Re: No title

おお、兵庫の先生でしたか、名古屋までご足労ご苦労様です。(違うか)鍼灸師は多いけど、灸について書いている鍼灸師は少ないですからね。僕は実際は経絡治療家でして、本当に沢田流について書けるか?ちょっと疑問もありますが、キムタロウ先生は文章の中に研究家と臨床家としての凄さを秘めておられますので、澤田先生もお喜びでしょう。

灸点治療法を発見したのは、このブログにもよく来て頂いている、kouitsu先生です。僕は実際に買って、それを卒業論文風記事として公開したまでです。ええ!!まだ普通の書店で売っているの?ある意味、クニマスの発見と同じですね。本当はkouitsu先生の功績なんですよね。

さて、灸点治療法は、元々、戦前に、澤田健先生死後にプロトタイプが発売されております。按摩の心得はもともとは中川清三先生の本で、今手に入る灸点治療法は、本当は、堀越亀蔵、市石圭介(市石喜代治)中川清三先生の合作なんですね。戦後にも発売されています。

一応、一般向けとされていますが、あれは完全に鍼灸師向けですね。一般人であれだけ出来たら、鍼灸師より鍼灸師ですよ。

堀越先生は鍼灸師、市石先生は灸師として、戦後はそれぞれ治療院を構えていたようです。治療院の名に「沢田流」とあり、今なら広告制限にひっかかります。澤田健の名を使った売名行為では?という見方もできますが、堀越先生は元々は友達から弟子となり、継承者となった方ですから、健先生の患者さんは俺たちが面倒みます!!沢田流を守るんだ!!という決意を感じられて、僕は、継承者としての決意表明としてみています。

健先生がお亡くなりになった後、奥様が長野の代田先生に、どのようなもの送りましょうか?と堀越先生に相談したら、代田先生は文章で澤田健先生を残してくれます、ですので先生ご愛用のすずりを送られては?といった趣旨の逸話は、泣かせる話です。

代田先生の本は、閃光記、臨床ノートなど復刊しておりますので、出来たら山田先生など他の先生方の書籍も、日の目を見ることができたら、と考えております。また、沢田流書籍復刊運動を起こそうと思います。

キムタロウ先生、これからもご教授お願い致します。<m(__)m>

No title

やいと屋 先生 コメントをいただきありがとうございます。
経絡治療をされているのですね。
本当に幅が広いです。
それにしても沢田流から鍼灸を志し、その後経絡治療で活躍されている先生が多いですね。
丸山昌朗先生、首藤傳明先生など。
僕は他の流派は本で読む程度にしか知識がないので、これからもいろいろ勉強させてください。
灸点治療法はkouitsu先生が見つけられたのですね。お二人に感謝感謝です。

堀越先生が沢田流を自分たちが引き継いでいくという決意を持たれたように、僕も沢田流を実践しその学び方を伝えていければなあと思っています。

ところで、やいと屋先生、できればこちらのブログでは、キムタロウ先生ではなくキムタロウさんでお願いできますでしょうか^_^;
そのほうが学ばせていただきやすいのです。
わがまま言って申し訳ありません<m(__)m>

これからもよろしくお願いします。

Re: No title

沢田流は学生時代に独学でした。学生時代の3年生の時に、一つ上の先輩から呼ばれて、経絡治療の道に入りました。独学でしたので、首藤先生とか、丸山先生とはちょっと違うと思います。ネットの古本屋で「鍼灸則」を買ったのですが、これが丸山先生が研究会のテキストに使っていた非売品のようで、恐れ多いという気持ちで、治療室に祭って?あります。本当は読みこなさなければいけないのですが。

最近の僕の仮説では、家伝灸を考察してみると、澤田先生以前にも十四経の秘密に気が付いた無名の人物がいたのかもしれません。また、江戸時代の名灸穴を集めた「名家灸選」に沢田流温溜、沢田流ゲキ門と同じものが記載されています。主治は違いますが。また、澤田先生は日蓮宗を信仰されていたので、日蓮宗系に、独自の灸が伝承されていて、それが沢田流の源流となったのではないか?という仮説を立てています。この仮説の検証はまだですが。ほうろく灸をする日蓮宗寺院がありますし、日蓮上人もかなり医学に詳しかったそうですから。

沢田流は100パーセントオリジナルか?というとそうではなく、1割か2割はなにかしら、生み出すヒントがあったのかも?

しかし、澤田健が非凡なのは、十四経を主としながら、ほとんど独自の治療体系を編み出し、しかも結果を出している事。困った時には沢田流使いますが、効果を見ますと、僕の灸が凄いとは思えず、沢田流の治療システムの完成度、凄まじさをまざまざと知らされます。澤田健が接骨業を営みながら、どういう修行をしていたのか?20年の空白、それを埋める資料はほとんど見つからないでしょうから、キムタロウさんみたいに十四経発揮から見出す姿勢は、一番確実で近道でしょうね。沢田流だけでなく東洋医学の真髄に迫るという意味でも王道でしょう。

たまたまなんですが、昔、名古屋の山車囃子笛の継承者でして、私の笛の師匠は岡部、その師匠は澤田、今は鍼は岡部派経絡治療、灸は沢田流なんですね。20歳頃は澤田家に伝わる笛の楽譜から昔の曲を復元しようとしていましたので、ある意味、沢田流の復元。澤田さんには縁のある人生なんですよ。

岡部素道先生も、滑伯仁先生は凄い臨床家だね、と馬場白光先生に言う逸話があり、一見すると別の治療体系に思えますが、案外、目指しているものは、同じなのかもしれません。

このブログではお互い、さん、で呼んだ方が良いですよね。このブログ見るのは鍼灸師ばっかでしょうから、先生、先生っていうと、え?俺のこと?と見ている人が驚きますから(~_~)

キムタロウさん、しっくり来ますね。良いハンドルネームですよ。やいと屋さん…艾売りか薬屋みたい。(#^.^#)

No title

こんにちは。
僕のわがままを聞いていただきありがとうございます。

沢田流の仮説、聞いているだけでワクワクしますね。
続きを楽しみに待ってます(^O^)
僕も沢田流がどのようにつくられたのか、とても興味があるのですが、中でも、沢田健の「身体観」や「切診(手)」がどのように形作られたのかということが気になります。
このあたりのことが見えてくると、沢田流の体得につながるんじゃないかな、と思うのです。
僕も自分なりの仮説を立て、ブログにボチボチとアップしていきます~。

澤田健製造計画

なんかすいません<m(__)m> しばらくブログ放置していまして。
元々、背候診などは、江戸時代は当たり前すぎて、文献に少ないのだ、という説はあります。
ユーチューブで深谷伊三郎先生のご子息の背候診がありますが、あの指の使い方、あれこそ本物かな?とも思うのです。うちの家伝灸に通じるものありますし。背候診に関しては、澤田健オリジナルというより、ひょっとしたら、日本伝統の技かもしれない、と考えております。それでも、天才の澤田だから出来たのではなく、誰でも鍛錬次第では習得できるハズ。

身体感に関しては、東京開業くらいで、城一角さんと交流を持ちます。岡部素道の本では、城さんが色々な本を持っていくと、はじめは否定しているように見えて、知らない間に自分のものにしていた、と。
だから、先に体表観察、更に臨床経験、東京で文献に出合い、自分の経験が古典で裏づけされた、という説はどうでしょう?難経鉄監を模写したのがいつか?もし、東京時代ならそんな感じじゃないでしょうか?

色々な考え方が出来ますし、どれも正解じゃないかもしれない、しかし、間違いでもないでしょう。回り道に見えても、達人への道を進んでいると考えております。そう考えると、キムタロウさんの試みは、回り道にみえて、実は最短距離を走っていると思うのです。
プロフィール

やいと屋 知足斎

Author:やいと屋 知足斎
FC2ブログへようこそ!
幼少の時より喘息などに苦しみ、健康雑誌、東洋医学の世界に入り込む。中学時は三国志の影響で中国の古典に興味を持つ
大学は法学部に進むが鍼灸の夢、捨てきれず近くに鍼灸新設校ができたきっかけで、三十路目前に入学
曾祖母が家伝灸の使い手で、その影響で灸の研究、研鑽を積む毎日
趣味は民俗学研究 だが今は鍼灸に専念する為に封印
家伝灸研究も最近は趣味になりつつある
1年次より中医学の勉強会に通い、3年次は経絡治療も学ぶ。
長野式また撃鍼(打鍼)法
積聚(しゃくじゅ)治療の研究も進めている

平成二十二年三月鍼灸師合格 四月 鍼灸師登録
やいと屋として奮闘中

ナード・アロマテラピー協会認定
アロマ・アドバイザー

キネシオテーピングトレーナー

覚王山鍼灸研究所 研究員

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