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肺病を治すおばあさん

鍼灸を志す方は、色々な動機があり、志すまでに様々なドラマがあります。僕の場合は少々特殊であり、ちょいと長いです。

 わたくしの曾祖母は明治中期の産まれ、その半生は子孫の僕にすら不明の所がありますが、昭和初期から「お灸」をするおばあさんになったのです。曾祖母の治験は、多くあり、わたしが小さい時より、半ば「伝説」として語り継がれていました。

 結核の灸といいますと、今は廃れつつあるかもしれませんが、家伝灸として残っている所もあるでしょう。昔は結核のペニシリン等の薬が無く、治療は灸が主だった、というより灸しかなかった、という時代です。

 私の曾祖母が活躍したのは昭和初期、活動の地は名古屋市です。主に東区だったようです。名古屋市東区、現在私が住んでいる所でもありますが、東区の今、ナゴヤドームがあるところは、昔、軍事工場でした。軍事工場ですので空気がかなり汚れているのです。産まれも育ちも名古屋ならまだいいものの、空気の綺麗な田舎から名古屋へ来ると、肺を患ったそうです。

 そこで血を吐き苦しむ患者の家へ往診に行き、背中に灸をしたそうです。喀血がひどいときは、一日に三回施灸したそうです。

 その治療方法は、患者を座らせて、患者の背骨を丹念に触診する。そして背骨脇の1,5寸の所、専門家では背部兪穴と呼ぶところに三火 三壮すえたそうです。そのすえ方も独特で、まずはじめに切もぐさを用意する。治療点となる背部兪穴にまず1火。これは昔の施灸ですので、透熱灸と呼ばれるものです。その火が消えぬうちに次のもぐさを乗せる。そうすると、二つ目のもぐさは火をつけずとも土台となる一壮目の火で燃え上がります。そして二火が消えぬうちに三つ目のもぐさを乗せる。

 「重ね焼き」と呼ばれるもので、今ではたいそう熱いので、敬遠されつつある技法です。それを聴いて僕は子供心に体力の弱った患者さんにそんな刺激はよいのかな?と思ったものですが、患者はそれでぐんぐん良くなったようです。

 これに近い逸話が深谷伊三郎 著「家伝灸物語」に出てきます。「家伝灸物語」を読んだ時は「うちの婆さんじゃないか?」と思ったのですが、どうも違うようです。

 きわめて致死率が高かった肺結核、西洋医学ではまだ治療法が確立されていない。そこで、このようなお灸の上手いおばあさんによって、結核が改善した人も多かったでしょう。

 さてこの逸話には後日談があって、今、ナゴヤドームのあるところは三菱の軍事工場、当然、空襲の標的となります。また時は戦前から戦中、せっかく結核が治った人はいても空襲等でお亡くなりになった人もいたのです。わずか数年しか寿命を延びなかった。

 人の命の皮肉さを子供ながらに感じたものでした。

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テーマ : 科学・医療・心理
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

やいと屋 知足斎

Author:やいと屋 知足斎
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幼少の時より喘息などに苦しみ、健康雑誌、東洋医学の世界に入り込む。中学時は三国志の影響で中国の古典に興味を持つ
大学は法学部に進むが鍼灸の夢、捨てきれず近くに鍼灸新設校ができたきっかけで、三十路目前に入学
曾祖母が家伝灸の使い手で、その影響で灸の研究、研鑽を積む毎日
趣味は民俗学研究 だが今は鍼灸に専念する為に封印
家伝灸研究も最近は趣味になりつつある
1年次より中医学の勉強会に通い、3年次は経絡治療も学ぶ。
長野式また撃鍼(打鍼)法
積聚(しゃくじゅ)治療の研究も進めている

平成二十二年三月鍼灸師合格 四月 鍼灸師登録
やいと屋として奮闘中

ナード・アロマテラピー協会認定
アロマ・アドバイザー

キネシオテーピングトレーナー

覚王山鍼灸研究所 研究員

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