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沢田流太極療法 太極の別説

 皆さん、こんにちは、やいと屋です。すっかりご無沙汰しておりますが、これでも忙しい身なんで。
 このブログでは夏ごろ、ダウジング、オーリングなど書いておりました。最近は、この技術の練習がてらに、まあ、地面のエネルギーの流れなんてものも探っております。こう書くとヤバイ奴に見えるでしょうが、元々ダウジングというのは特殊な技術ではなく、練習すれば誰でも身につけられる技術です。別に超能力とかニュータイプな能力ではありません。だから、そういう練習方法も研究の対象です。

 また、ダウジング系には、治療家が避けて通れない、邪気のはらい方、防ぎ方も書いてあります。これについてもいつか買いて見ましょう。

 今日は、家のエネルギーの流れっていったらいわゆる一つの「家相」ですね。

 私もかつては若き郷土史研究家として活動しておりましたし、大陰陽師阿部晴明(正式名称はあべ せいめい ではなく、 はれあきら)も守備範囲でした。そういう話にも免疫があるんですね。

 家相にも「太極」という言葉があります。

 家相で言う太極とは「屋敷の図面の重心の位置」です。簡単に言えばね。方眼紙かなんかで図面を切り取り、正確に重心の位置を決める。ここが太極であり、大黒柱の位置になります。(あくまでも家相の一つの説ですが)

 さて、太極に「重心の位置」という概念が家相にはあるんですね。そこで、鍼灸における「太極」を考えて見ましょう。

 鍼灸における太極療法(沢田流)とは、太極とは根本、つまり枝木に惑わされず、根本を見る。五臓六腑の不調和を治す、とか、このブログのどこかに書いてあるでしょう。(テキトー)

 ここで仮説


 太極とは、根本という意味もあるが、太極療法とは、人体の重心の不調和を治す事を基本に考えていたのではないか?

鍼灸治療基礎学、沢田流聞書には、重心という話は書いてないはずです。ですが、思わせる逸話はいくつかあるんですね。

 ろうそくの火、ろうそく一本分、正座して丹田を鍛えたとか、沢田流基本穴のあれとかこれとか。

 今日は連載にせず、一気に書きましょう。

 ご都合主義で話は飛びますが、じゃあ、人間の重心って何処と考えます?

 鍼灸師なら、中焦たる中かん、またはヘソとその真裏の命門。または、大黒柱から、正中線たる任脈、督脈を考えるかもしれません。それと、日本鍼灸が重視する「丹田」と答えるでしょう。

 もう少し考えて見ましょう。では人間が立った時に重心となるところはどこか?

 これのヒントは、運動学にもありますが、せっかくなので、鍼灸書籍の引用をみてみましょう。


先生は腎臓云々といって腎に重きをおいたが、脾臓にも肝臓にも重きを置き、肝脾腎三焦と口癖のように云っていた。膈兪は膈兪として、心兪は心兪として、肺兪は肺兪として、それぞれ重要な穴であること勿論であるが、これらの穴は肝脾腎三焦ほどには使はれなかった。次髎の穴は、殆ど総ての患者に用いられたが、これは骨盤部内臓の治穴として重要なばかりでなく、足の方の病気にも必要であり、また身体の上部よりも下部に力を注ぐことにより、丹田に力が満ち、身体が安定するためであったのではないかと思ふ。いや、そればかりでなく、膀胱兪を殆ど用ひなかったので、膀胱兪の代りに次髎を用ひられたのかもしれぬ。膀胱経は、身体の後側の殆どすべてを占める重要な経絡であり、五臓六腑の兪穴はこの経の上にあり、内蔵の故障のすべては膀胱経の上に反応となって現われて来るので、この次髎の穴を重要視したのであろう。 「沢田流聞書 鍼灸真髄」


自分のブログの文章へリンク張ってもよかったですが、見るのがめんどくさいだろうと思うので、そのままここに引用文を書いておきます。(興味があれば、このブログ「沢田健の診断術」の三部をお読みください。

膀胱兪ではなく、なぜ次髎なのか?仙骨の穴へ火を通したかったから?ここも疑問に思っておりました。実は、名家灸選に腰痛一切に効く灸というものがあります。これは、深谷伊三郎の名家灸選釈義にあり、あえてここではツボ名など引用しません。ご興味があればお買い求めください。

名家灸選のこの治療穴の一部を書きますと、膀胱兪と膀胱兪と背骨(正中線)の交点、の三穴へ灸(それと腰のどこかに灸)膀胱兪の横のラインと背骨のラインの交点、いわば仙骨上ですが、ここは次髎の内側と表現してみてもよいでしょう。

ここは人間が立った時の重心になります。

名家灸選の灸は、人体に重心の位置に灸をすえて、人体に重心の位置を認識させる、そしてどっこいしょと、座った状態から立ち上がる時に力の入れる必要のある腰の部分に灸をする、と私は現時点で解釈しております。(まどろっこしい説明ですが)

丹田とはいろいろ説はありますが、人間の立った時の重心、そして太極療法とは、五臓六腑の不調和を治す意味もあるが、人間にまず重心の位置を認知させ、重心の位置が引き連れるであろう原因たるところを探して、緩める、引き締める、そうしてみると、ツボにはこだわらないが、人間の身体には法則性があるから、自然に常用穴ができ、これが沢田流基本穴と呼ばれるものであった、と考えてみてはどうでしょうか?

「沢田健の診断術(前編)」では、沢田健は腹診、丹田(関元付近)を探り、手ごたえを見る。中間と左陽池に灸する、そして場合によっては、気海、滑肉門、大巨、期門など腹部の灸を増やす。
患者を裏向き(伏臥位)にして次髎とか腎ゆなど腰に灸し、背中、手足は助手に任せていたようです、と書きました。この技で患者に丹田の感覚を養わせていた。

 沢田健が非凡なのは、重心の位置を意識して治療していたわけだし、名家灸選の灸法を考えた人も、ここを考えていた。ネタがわかれば、なんだ、なんですが、案外、気が付かないものです。少なくとも私は無意識ではなんとなく、もやもやがありましたが、これがわかるまで3年ほどかかりました。最後の仕留めとなったのが、家相でいう太極の定義です。

 この考えに到ったのは、名家灸選、腰痛の灸が馬鹿に効くので、
「なんでそ~なるの?」(コント55号風)(古

 つまり、沢田流基本穴にしても、なんでそこを使うのか?自分なりに考えたんです。あの人天才だし~特別だし~で終わっては先人に失礼では無いか?考えるのを辞めずに、考え続けたから。それだけです。

 なんで沢田流基本穴が作られたのか?そこら辺のいきさつがわからないと、応用って出来ないでしょうね。基本穴を使えばそれでいい、定石だけでそれでよい、パターン治療を作ってそこで終わる。それでは、いけないと思ったんですよ。

 最近、将棋の竜王戦で、新竜王が誕生しました。昔、将棋指しの羽生善治氏の手で一見訳がわからないが、後に効いてくる手を「羽生マジック」と呼びました。マジックと呼んでいますが、ちゃんとタネはあるのです。タネの仕組みを知りたかった、それだけです。


さて、話を戻して、腰痛の人で、沢田流で丹田を認知させた、もう一押しとして、足が運びやすくする為には、ここで脚気八処の灸なんてものも、意味があったりするのです。全部使う必要が無いが、あの場所に意味がある。座って灸してみるとかね。


 それと、立った時のバランス、これを考えて見ましょう。丹田を認知させた、こわばりをとりたいよね、となると、膀胱経の背部ゆ穴になります。これも上記の引用文でもあり、膀胱経は人間の後ろ部分の大半を占めております。膀胱経だけではバランスが悪いのではないか?そうなると、人間の前面にも刺激を入れたい、結構よさげなのは、陽明経(足の胃経、手の大腸経)特に足の陽明経は、身体の前面を占めておりますので、これなんかもいいんじゃない?

 昭和の名灸師と称えられた深谷伊三郎は、「図説 深谷灸法」では、治療の締めに手足の要穴へ灸をして終えたようです。これを「止めの灸」と呼ぶ。本には、灸の熱が頭に行き、のぼせ防止に、合穴たる曲池、足三里、手三里などへする、としております。

 少し妄想になりますが、深谷先生の治療は僕は見たことはありません。家伝灸宜しく、背中の背部ゆ穴重視なら、止めの灸で足三里を使う理由として、「背中の膀胱経への刺激の帳尻を合わせるため、足の陽明経でバランスをとっていた。」としてみてはどうでしょう?もっとも、止めの灸では三陰交も使っているようですが。

 これは名家灸選に、足三里に灸して火を引き下げる、という文がヒントになっているかもしれません。さらに言えば古書では、背中の膏肓に灸したら、へそ下の気海付近、そして足三里に灸しろ、気がめぐってよいぞ、と書いてあります。

 止めの灸っぽいのは、深谷の発明ではなく、それ以前にも概念はあったのでしょうが、どの程度意識していたかはわかりませんが、深谷灸も調べれば調べるほど、非凡さが垣間見られます。深谷伊三郎の恐ろしさは、古典の応用の仕方でしょうか?(こんな軽く書いてはお弟子さんに叱られるでしょうが)

 足の陽明経を使うのは、長野式の「胃の気三点」でも言えるかもしれません。発想は同じなのか?胃の気三点処置も古典を調べれば調べるほど、その奥深さ、応用の広さには驚かされますが。

 長野潔の胃の気三点は、どのような本を読んで、ここに到ったのか?考察もしております。こちらも書くかもしれません。


 要は、有名無名を問わず、先人が到った知恵の秘密を解いてみたいという欲求です。数年したら、解釈は変わるかもしれません。秘密を知らなければ、そこまで行けない。

 腰の治療云々も書きましたが、膀胱経、胃経を使えばよい、ではなく、使い方、反応点のつかみ方など、これらも知らなければ、使いこなせません。胆経も必要になるよね。

 人間が立った時の重心を意識してみて、無理しているところを探す。これは体表観察の大切さでもありますし、観察眼ともいえますね。観察眼といいますと、心理学っぽいですが、しゃべり方、声、姿勢などからも情報を読み取れよ、という事でしょう。

 眼に見えないものを相手する「気」それが鍼灸師でしょう。ですがその前段階で、眼に見えないものの前に眼に見えるもの、触ってわかるものを理解する努力、また鍛錬も必要でしょう、というのが僕の現段階での見解です。
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プロフィール

やいと屋 知足斎

Author:やいと屋 知足斎
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幼少の時より喘息などに苦しみ、健康雑誌、東洋医学の世界に入り込む。中学時は三国志の影響で中国の古典に興味を持つ
大学は法学部に進むが鍼灸の夢、捨てきれず近くに鍼灸新設校ができたきっかけで、三十路目前に入学
曾祖母が家伝灸の使い手で、その影響で灸の研究、研鑽を積む毎日
趣味は民俗学研究 だが今は鍼灸に専念する為に封印
家伝灸研究も最近は趣味になりつつある
1年次より中医学の勉強会に通い、3年次は経絡治療も学ぶ。
長野式また撃鍼(打鍼)法
積聚(しゃくじゅ)治療の研究も進めている

平成二十二年三月鍼灸師合格 四月 鍼灸師登録
やいと屋として奮闘中

ナード・アロマテラピー協会認定
アロマ・アドバイザー

キネシオテーピングトレーナー

覚王山鍼灸研究所 研究員

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